会長挨拶

会長所信

 「地域に必要とされる、地域になくてはならない自治体病院になろう」 

 

1.はじめに

 このたび、小熊豊先生の後を受け当協議会の会長に選定されました。私は1988年4月から2018年3月に退職するまで30年間岩手県立中央病院に消化器外科・小児外科医として勤務しました。その後現在までの6年間八幡平市の病院事業管理者、八幡平市立病院統括院長として勤務しており、計36年間自治体病院に勤務してきたことになります。本協議会とのかかわりは、2012年から岩手県立中央病院病院長となるのと同時に常務理事として邉見公雄会長のご指導を受け、2018年から小熊豊会長が誕生するのと同時に副会長に指名され、直近3年間はコロナ対応で明け暮れました。お二人の先生は人格、識見ともに大変優れておられ、また強力な指導力と豊かな人間性をもっておられました。邉見公雄先生の前の会長は故小山田名誉会長で、常務理事は故樋口紘先生が務めておられました。お二人とも岩手県立中央病院の先輩院長で、私は自治体病院のあるべき姿、医療のあり方について薫陶を受けてまいりました。4名の先輩には足元にも及びませんが、少しでも近づけるよう精進してまいりたいと思っています。



  


公益社団法人 全国自治体病院協議会

会長 望月 泉

 

 2.2024年診療報酬改定に思う

 円安が止まりません。日銀がマイナス金利を廃止してもさらに円安は加速し、物価の上昇、インフレ局面になってきました。企業はベースアップをしていますが、名目賃金の上昇より物価の上昇が大きく、実質賃金の減少幅は拡大しています。賃金の上昇が物価上昇に追いついていない状況が長期化しており、日本円そのものの価値に不安を感じるこの頃です。

 2024年度は診療報酬、介護報酬、障害福祉サービス改定のトリプル改定の年で、賃上げなどを理由に診療報酬の増額を求める厚労省と、なんとか医療費の増額を抑えたい財務省、こうした中で、昨年末に政府が決定した方針は、医療従事者の人件費に回る「本体部分」は0.88%の引き上げ、「薬価」は1%程度の引き下げでありました。診療報酬改定は、+0.88%(国費800億円程度)の増ではありますが、賃上げ上昇分が0.61%、食事基準額の引き上げ分が0.06%、生活習慣病を中心とした管理料・処方箋料等の再編等の効率化・適正化で▲0.25%減が含まれているため、本体改定率は+0.46%(うち医科本体は+0.52%)と前回改定よりややプラスとなりました。ただこの+0.52%には40歳未満の医師等の賃上げ分に+0.28%が含まれていますので、実質的な医科本体改定率は前回並みの厳しい改定です。医療従事者の賃上げのために、初診料や再診料などが引き上げられることになった一方、医療費削減のために、糖尿病や高血圧などの報酬ルールが調整されたり、繰り返し使える『リフィル処方箋』の発行を促す加算が拡充されたりしています。

 医療機関は診療材料をはじめ、あらゆる購入時に消費税を支払っていますが、消費税分は診療報酬に含まれているとの説明で、病院によっては支払った消費費税分はまるまると回収はできていない現状です。令和2年度における厚労省調査の補填状況調査を一般病院の開設主体別でみると、医療法人は117.4%、国立は109.6%、公立は88.1%、国公立除くでは119.4%と公立病院が一番低い結果でした。何故公立病院が88.1%と最低である理由はよくわかりませんが、集計施設数が130と小さく、平均病床数は218で、たまたま建て替え時期の病院、高額医療機器を購入した病院が入ってしまったのか詳細は不明です。消費税は最終消費者が負担することが原則で、医療界がこのまま非課税で診療報酬に盛り込まれているという形でいけるのか疑問があります。課税業者となる検討も必要な時期だと思います。インフレ局面において、医療機関の収入の柱である診療報酬で病院運営にかかる諸経費を賄うことができない状況は明白であり、物価に連動した診療報酬の改定を望みます。また地方ではあらゆる職種において人の雇用が難しく、医療においてもとくにライセンスのある職種の雇用が困難をきわめています。現状の診療報酬体系は医師をはじめ多職種の人を増やせば高得点になる仕組みですが、このやり方は少子化が続くわが国ではとくに地方では限界となってきているのではないでしょうか。日本の医療提供体制を大きく左右する診療報酬のあり方を国民全体を巻き込みながら考えなければいけないと思います。

 

3.医師の働き方改革

 いよいよ本年4月から罰則付き医師の時間外労働時間の上限規制が始まりました。岩手県では特例労務水準は5病院(大学病院を含む)が申請、認定されました。単純に時間外労働時間を減少させようとすると、医師にとって大事な経験症例の減少、研修時間の減少、診療制限によるアクセスの悪化、経営の悪化を招来し、地域医療が破綻します。地域医療崩壊は医療提供体制が破綻することでありますが、提供する医療の質も大事な要素で、低下しないよう担保されなければなりません。体力知力の旺盛な若い世代に徹底して習得した価値ある経験・学習は、その後の医師としての成長を促す大きな要素です。研修医は労働者と定義されていますが、学習者としての側面も重要で、成長に必要な研鑽、医師としての経験を積むことをけっして妨げるような働き方改革であってはならず、逆にあきらかな労働時間が研鑽と処理されてもいけないと思います。職業を表す英単語はOccupation、Trade、Business、Employment、Job、Vocation、Calling、Professionと種々ありますが、頭脳を用いる専門的職業である神学・法学・医学は古来Professionと称されてきました。Professionとしての要件は、以下の4点が必要と考えられてきました。

① Specialized Techniques:優秀な人材が、努力と訓練で培った知識と専門的技術。科学的根拠と倫理性に支えられた技術

② A Special feeling o fresponsibility:奉仕の精神、無私の精神、利他の心。ノブレス・オブリージュ、忘己利他

③ Non Profit:営利追及の排除

④ Association:医師会、医局への加入です

 今、プロフェッショナルオートノミーについて考えてみたいと思います。プロフェッショナルオートノミーはとくに医療人には必要と言われてきました。その内容は専門職集団は職業的良心に基づいて自分たちを律するという条件で、職業上の自由を与えられるという社会契約です。さらに政府や行政等の外部による規制を受けない代わりに、診療に関しては自ら自己規律のシステムを構築し、それに従って行動していくということです。世界医師会(WMA)は医師のプロフェッショナル・オートノミーと臨床上の独立性の根本的性格を認識し以下のとおり述べています。プロフェッショナル・オートノミーと臨床上の独立性は、すべての患者と人々に対して質の高い医療を提供するための必須の要素である。プロフェッショナル・オートノミーと独立性は、質の高い医療の提供に不可欠であり、したがって患者と社会に利益をもたらすものである。プロフェッショナル・オートノミーと臨床上の独立性は医師のプロフェッショナリズムの中核的要素であると認識する。今回の「医師の働き方改革」は勤務医を労働者と認定し、労働基準法の適用下にあるとするものですが、医師のプロフェッショナリズム、プロフェッショナル・オートノミーが壊れてしまう改革では将来に向けて禍根を残します。医師は単なるJob Workerであってはならず、プロフェッションです。医師は診療に際して、誇りと矜持を持ち続けていきたいと思います。

 今後目指していく医療提供の姿として、労働時間管理の適正化が必要で、その際、宿日直許可基準における夜間に従事する業務の例示等の現代化、医師の研鑽の労働時間の取扱いについての考え方等は示されてきました。医師の労働時間短縮のために、医療機関のマネジメント改革(意識改革、チーム医療の推進、ICT等による効率化)、地域医療提供体制における機能分化・連携や医師偏在対策の推進は必要で、地域医療を守るためにも医師が働きやすい勤務環境の整備が重要であると考えます。働き方改革は医師の意識改革の契機であり、医師の健康確保と地域医療体制の維持が要で、職員・患者満足度をあげるためにも働きやすい働きがいのある職場環境と質の高い医療提供体制を築いて行きたいです。同時に時間外労働時間の短縮とともに、生産性が向上する病院マネジメントが必要です。多様な働き方に対して、寛容になる文化の醸成が医療界全体で進み、バーンアウトすることなく性別、年齢に関わらず持続可能な勤務体制となり、医師も健康で豊かな人生を送れるようになればと思います。

 

4. 地域に必要される、地域になくてはならない自治体病院

 地域住民が必要とする病院とは、地域になくてはならない病院であると思います。いつでも診てもらうことができ、かつ治りが良く、親切であたたかい病院のことを言うのかもしれません。医療の質と経営の質、両者のDouble Winnerが条件となるでしょう。岩手県立中央病院は1987年3月、現在地に新築移転、県立病院のセンター病院として高度・先進医療に取り組むと同時に、断らない救急を病院のミッションとしてかかげ、全診療科参加型の救急医療をおこなう(全科オンコール)体制を作り上げてきました。また医師不足が深刻な地域の公的病院へ医師を派遣するとともに臨床研修指定病院として医師の養成や県内医療従事者を対象とした研修・教育にも取り組んできました。一方、累積損益は1998年がピークとなる大きな欠損金をかかえていましたが、目標をさだめ全職員が同じ方向を向きトップダウンとボトムアップの手法で種々の業務改善に取り組み、黒字転換しました。病院長、病院幹部で検討して明確な戦略(Strategy)を示します。その戦略に対し現場で戦術(Tactics)を練り、どういった方策でその戦略が実現できるか具体的な戦術をボトムアップで取り組むことが成果を生むと思います。

 2012年病院長となり、目指す病院の姿を地域に必要とされる病院、地域になくてはならない病院とし、医療の質と経営の質ともに向上。医療連携、医療介護連携を再構築、施設での看取りも進める。地域連携、入退院支援センターの機能アップ。救急車、救急患者を断らずまず診ようなどと話しました。岩手県立病院のセンター病院として、がん診療連携拠点病院、地域医療支援病院としてさらに質が高くかつ安心、安全な医療の提供をめざし、いかなる困難があろうとも職員が一体となってチーム医療を推進し、「変革」、「我々はできる」をキーワードに医療の質の向上を追求して行ければと願いながら運営してきました。何かを実現しようとしたとき、できない理由はいくらでもあげることができます。忙しいとか人が足りないとか時間がないとか前例にないとかです。しかし、何かを実現するためにはどうすればよいかとポジティブに考えていくことが大切だと常に思い、ことにあたってきました。月に一度、看護部長・事務局長と全病棟、全部署を回診して、ベッドコントロール、地域連携など毎月テーマを決め、ソフト、ハードの両面にわたり、解決していかなければならない問題点を抽出し、解決に向けて職員全体で「変革」と「我々はできる」の精神で取り組みました。また2012年5月、院長になってすぐに病院職員が同じ方向を向いて行動できるようにと願い、トップダウンとボトムアップの手法から8つのプロジェクトチームを立ち上げ、多くの職員にチームに参加して議論してもらい、7月に発表会を行いました。

① 院内コミュニケーションを進めるために

② 院内研修教育について

③ 高齢者医療にどう取組むか

④ 地域包括連携の構築

⑤ ベッドコントロールをどうするか

⑥ 高機能急性期病院と当院の進むべき方向

⑦ 医療の質を高めるためには

⑧ 勤務環境の整備

 以上8つのチームで、中堅どころの医師をチームリーダーとし、1チーム10~15人、テーマによってそれぞれの職種が参加し、2か月間議論し、全職員の前で発表会を行いました。その成果の一端として、ともにあいさつをかわす職員が増えてきたように思いました。また地域包括連携の構築プロジェクトの成果と思いますが、平均在院日数が2006年から5年間13日をきれませんでしたが、約1日以上短縮され12.0日となり、病床利用率は90%を割り88.4%と入院ベッド運用がきわめて楽になりました。病床利用率が90%を超えていた頃は、入院が必要と思ってもなかなか入院ベットがなく、入院ベットを巡って職員同士の軋轢を生じることもありました。以前は入院ベットはとにかく満床にすればよいという発想でしたが、今やベット回転率が大きな指標となってきました。同時に新入院患者数は1日46人を超え、1日入院診療単価も増大しました。このプロジェクトチームで議論された内容は、それぞれ該当する委員会に引き継がれ、病院運営の基本となっていったと思います。

 医療の質については、その評価法、評価指標はきわめて難しく、なかなか数値化することは困難です。岩手県立中央病院は平成22年度から日本病院会QIプロジェクト(QI推進事業)、平成26年から開始となった全国自治体病院協議会医療の質の評価・公表等推進事業に参加登録し、患者満足度や死亡退院患者率、手術開始前1時間以内の予防的抗菌薬投与率など32項目にわたり毎年データーを提出してきました。病院間の質の評価を目的にするのではなく、経時的にデーターを公表しながら、自院の医療の質の向上のための努力をし、結果として医療の質を改善していこうとするものです。質の指標を数値で公表することにより、病院は徐々に変わっていくと思われます。

 

5.おわりに

 今回の診療報酬改定は現状での雇用情勢も踏まえた人材確保・働き方改革等の推進、全世代型社会保障の実現や、医療・介護・障害福祉サービスの連携強化、新興感染症等への対応など医療を取り巻く課題への対応が求められ、医療DXやイノベーションの推進等による質の高い医療の実現を目指しています。また2040年頃を見据え、医療・介護の複合ニーズを抱える85歳以上人口の増大や現役世代の減少に対応できるよう、病院のみならず、かかりつけ医機能や在宅医療、医療・介護連携等を含め、地域の医療提供体制全体の地域医療構想として検討することを目的とした新たな地域医療構想等に関する検討会も立ち上がりました。

 目まぐるしく医療をめぐる諸問題が発生していますが、会員病院に資するよう取り組んでいくつもりです。会員病院と自治体病院協議会は一枚岩で、しっかり議論をして対応していければと思います。どうぞよろしくお願いします。