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| 「令和7年度 会長所信」 |
1.はじめに
昨年6月本協議会会長に選定され1年を経過しました。本年4月から日本病院団体協議会代表者会議の議長を務めることになり、15の病院団体それぞれ立場が違うと考え方が異なることを肌で感じています。2024年は医療、介護、障害福祉のトリプル改定に医師の働き方改革が被さり、大変動の年となりました。現状諸物価が上がり続けており、経費の増大が病院経営を圧迫、デフレから原油高や円安により輸入品の価格が上がることで生じるコスト・プッシュ型インフレ基調となり、病院経営はきわめて厳しく悲鳴が聞こえてきます。入院患者、外来患者ともに前年度に比べ微増し、医業収益もベースアップ評価料等もあり増加はしていますが、診療材料費、光熱費、委託費、人件費等の経費の増大が大きく、医業収支、経営収支ともに赤字になっている病院が70%を越えます。インフレ局面において、医療機関の収入の柱である診療報酬で病院運営にかかる諸経費を賄うことができない状況は明白であり、物価に連動した診療報酬の改定を強く望みます。まずは補助金による機動的な対応を求めますが、期中改定での対応も必要であると考えます。
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公益社団法人 全国自治体病院協議会
会長 望月 泉
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2.日本の医療費をめぐる諸問題
社会保障関係費は、「経済財政運営と改革の基本方針2018(骨太2018)」(抄)(2018年6月15日閣議決定)でその実質的な増加を高齢化による増加分に相当する伸びにおさめることを目指す方針とされてきました。この方針は2024年骨太方針でも継承され、自然増は制度改革、効率化により高齢化による増加分以内に制限されています。令和7年度の社会保障関係費は、前年度(37.7兆円)から+5,600億円程度の38.3兆円程度。骨太方針2024を踏まえ、これまでの歳出改革努力を継続。経済・物価動向等に適切に配慮しつつ、社会保障関係費の実質的な伸びを高齢化による増加分におさめるとされています。そもそも医療費の自然増は、医療の進歩、技術革新によるところが多く、その比率は高齢化による増加分が3分の1程度、医療の進歩により今まで治療の対象とならなかった疾患、高価な薬剤等の開発、技術革新によるところが3分の2程度と考えられます。医療費の増加を高齢化による増加分におさえる考え方は無理があると思います。
我が国の医療保険制度の特徴は国民皆保険、フリーアクセス、自由開業医制、出来高払いの4点が特徴として挙げられます。公的保険制度の特徴は、公的保険でカバーする範囲が広く、薬事承認イコール保険収載となります。費用対効果評価の適用が限定的で現役世代の保険料負担が増加しています。また諸外国に比べて患者負担が低く、コストを抑制するインセンティブが生じにくい構造で誰もがどんな医療機関・医療技術にもアクセス可能です。患者側と医療機関側の情報の非対称性があります。医療機関側からすれば患者数や診療行為数が増加するほど収入増となり、都市部の開業医が多いことなど地域間、診療科間、病院・診療所間の医師の偏在が存在し、薬剤の適正使用等を促す仕組みの欠如が指摘されています。課題としては過剰な医療提供を招きやすい構造、今後加速する「支え手(現役世代)」減少、イノベーション等による医療の高度化・高額化の進展への対応が挙げられます。質の高い医療を提供しつつ国民皆保険の持続性を確保していくための医療制度改革の視点が重要です。質の高い医療の効率的な提供、保険給付範囲の在り方の見直し、高齢化・人口減少下での負担の公平化等が議論の対象になります。
自民、公明両党と日本維新の会は5月23日、国会内で社会保障改革に関する実務者協議を開き、全国の医療機関で余剰となっている病床を削減することで大筋合意しました。全国でおよそ11万病床を減らせば1兆円程度の医療費の削減につながると試算しています。政府が6月にもまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に盛り込む方針との報道です。たしかに入院医療費と病床数との関係をみますと、人口10万人当たり病床数の多い県ほど一人当たり入院費が高くなる傾向はみられます(図1)。最大は鹿児島県39.8万円、最少は岩手県23.4万円、最大/最小は1.7倍になっています。人口1,000人あたり病床数最多は高知県23.3床、最少は神奈川県8.0床、最大/最小2.9倍と大きな差があります。また、一人あたり医療費の地域差も図左側にありますが、北海道を除けば西高東低といえると思います。今まで地域医療構想調整会議を各地で開き、全国で2025年必要病床数119万床に既存病床数がほぼ一致してきました。今後は一律無理やり病床数を減らすのではなく、各地域の実情を考慮し、必要な機能を持つ病床は確保しながら丁寧に議論を進めて行くことが求められます。
【図1】

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3.要望活動・要望事項
5月20日、自治体病院議員連盟総会が開かれました。その後厚労省、総務省に対して要望活動を行ってきました。議連総会では ①公立病院の運営確保(最重点要望) ②新たな地域医療構想 ③医師確保・偏在対策 ④医師の働き方改革 ⑤医療DXの推進・活用 ⑥医療従事者不足(人材確保)について要望書を提出しました。
まず、①公立病院の運営確保ですが、2018年から継続して2024年度の骨太方針でも記載されている「社会保障関係費の伸びを高齢化による増加分の伸びの範囲内に抑制する」予算フレームそのものを見直すこと。としました。診療報酬に対する要望としましては、医療機関は、国が定める診療報酬(公定価格)により経営が成り立っており、もはや医療機関の経営努力のみでは対応することが困難なほど厳しい状況である。「地域医療の最後の砦である自治体病院が引き続き健全な経営が維持できるよう、入院基本料をはじめとした診療報酬の大幅なプラス改定を行うこと」としました。医療従事者への処遇改善としては令和7年度はベースアップ評価料以外の診療報酬で賄うことになるため「2026年度の診療報酬改定はもとより、2025年度のできるだけ早い時期に物価上昇や他の業界に見合う賃金アップに対応可能な新たな仕組みを導入した診療報酬中間年改訂や補助金・交付金を含めた財政措置を行うこと」としました。
我が国は20年以上デフレ状態が続き、物価の変動があまり見られませんでした。このたびのインフレ、物価高騰の影響に関しては、電気・ガス等エネルギー価格、食材料費、償還されない医療材料費の高騰等今までのデフレ時では想定できない甚大な影響を及ぼしています。繰り返しになりますが「診療報酬の大幅なプラス改定や、補助金・交付金を含めた必要な財政措置を講じるとともに、診療報酬改定の中間年である令和7年度早々に診療報酬改定など新たな仕組みの導入を行うこと。地方交付税措置については、普通交付税の病床割単価を引き上げる等大幅な見直しを行うこと」を要望しました。
本来消費税は消費者が負担し事業者が納める税金です。社会保障にかかる消費税は非課税とされ、医療機関が負担した消費税は診療報酬に上乗せされているとの説明ですが、不合理、不透明な制度となっています。また、最近の物価高騰で医療機関が支払う消費税は顕著に増加しています。「物価高騰による消費税負担が大きく増加し、医業収益が増加しているにもかかわらず、費用がそれ以上に増加しているため、診療報酬での対応が限界であれば、課税措置への転換、ゼロ税率による還付等、抜本的に税制を改正すること」を要望しました。
また地方ではあらゆる職種において人の雇用が難しく、とくにライセンスのある職種の雇用が困難をきわめています。現状の診療報酬体系は医師をはじめ多職種の人を増やせば高得点になる仕組みですが、このやり方は少子化が続くわが国ではとくに地方では限界となってきているのではないでしょうか。『人員配置ありき』のストラクチャー評価中心の診療報酬体系からアウトカム、プロセス評価の仕組みを導入する必要があります。日本の医療提供体制を大きく左右する診療報酬のあり方を国民全体を巻き込みながら考えなければいけません。国民を動かすことが最も必要ですが、最も難しい問題だと思います。全国の医療関係者が直接、国民・患者さんに医療機関の危機的状況を訴えていくことが必要です。マスコミ対応、SNSなどのネット媒体を活用したアピールも積極的に進めたいです。医療制度は政治で決まりますので、国民に選ばれた国会議員、議員連盟の皆様へのアピールも引き続き展開していきます。厚生労働省、総務省への要望は引き続き行います。医療は「社会的共通資本」(故宇沢弘文元東京大学経済学部教授)です。市場取引にはなじみません。また医療は平時の安全保障です。財源を確保し、医療が崩壊しないよう取り組んでいきたいと思います。
②新たな地域医療構想ですが、2040年には医療・介護の複合ニーズがある85歳以上高齢者人口がピークとなり、生産年齢の減少が著明で人材確保を含めた地域医療体制の拡大が求められます。要望事項ですが、ガイドラインの作成に当たっては都道府県等関係自治体や医療関係団体等の意見を取り入れ、十分な議論を行うこと。病床のダウンサイズを含む再編・統合においては、引き続き国が強力な支援を図ること。諸物価の高騰が続いていることから、令和7年度予算の増額を図るとともに予算の配分は公民の公平に配慮し、地域の実情に応じ在宅医療の充実や医療従事者の確保を重点的に配分するとともに事業区分間の配分変更を可能とする等、柔軟な運用とすることとしました。また、新たに地域医療構想に加わった精神医療については、都道府県等自治体の意見を取り入れるとともに医療関係団体については、公民から意見を聴取し、調整を図ること。また、精神医療と一般医療との連携を推進していくことが益々重要となってくることから、精神医療と一般医療が垣根なくスムーズに行われるためにも、現在の精神医療の社会・援護局から医政局に移管することを要望しました。
③医師確保・偏在対策ですが、地域偏在だけでなく診療科偏在是正に資するよう、重点医師偏在対策支援区域はもとより、支援区域以外においても都道府県が必要であると認めた地域への支援を行うこと。外科系の医師を増やすためには処遇改善が必要で、時期診療報酬改定での休日・夜間診療や手術に対する評価の見直しを図ることを要望しました。また全国的なマッチング機能を充実させるために、当協議会の自治体病院・診療所医師求人求職支援センターへの財政支援を行うこと。また高齢者の併存疾患への対応から総合診療医の必要性が高まり、総合診療医養成のためのリカレント教育が重要となることから、当協議会をはじめ三団体(国診協、日病)が進めている総合診療医の養成(リカレント教育)に対する財政支援を行うことを要望しました。このリカレント教育事業については今回の補正予算で対応をしていただけることになりました。
④医師の働き方改革ですが、病院勤務医の自己犠牲的長時間労働によって我が国の医療は長年支えられてきました。病院勤務医は働き方改革により長時間労働からの脱却をめざす必要があります。労基署の宿日直許可基準と実態とで乖離があれば是正していかなければいけません。研鑽と労働をしっかりと切り分けて、研鑽を阻害しない仕組みが必要です。単純に時間外労働時間を減少させようとすると、医師にとって大事な経験症例の減少、研修時間の減少、診療制限によるアクセスの悪化、経営の悪化を招来し、地域医療が破綻します。地域医療崩壊は医療提供体制が破綻することでありますが、提供する医療の質も大事な要素で、低下しないよう担保されなければなりません。体力知力の旺盛な若い世代に徹底して習得した価値ある経験・学習は、その後の医師としての成長を促す大きな要素です。研修医は労働者と定義されていますが、学習者としての側面も重要で、成長に必要な研鑽、医師としての経験を積むことをけっして妨げるような働き方改革であってはならず、逆にあきらかな労働時間が研鑽と処理されてもいけないと思います。もっと勉強をしたい、もっと手術に入りたいという希望を持つ研修医の声は聞こえてきます。このような思いを阻害しない、医療の質を担保できる働き方改革が必須です。
⑤医療DX、デジタル化の推進・活用、マイナンバーカードの活用・プラットフォーム構築等は進めて行かなければなりません。医療の質の向上、効率化、働き方改革、RPA導入などがキーワードとなるでしょう。電子カルテの導入、維持・更新、サイバー攻撃へのセキュリティ対策に関しても多額の費用負担が生じてており、診療報酬での対応を切に希望します。電子処方箋は、オンライン資格確認等システムを拡張し、処方箋の電子的な運用を実現する仕組みであり、医療の質向上、重複投薬抑制、業務効率化が期待されています。電子認証に関しては1日1回の本人認証で電子署名が可能になる等のメリットや、半導体供給不足による直近のHPKIカードの後追い発行等を考慮して、リモート署名方式が推奨されています。日本病院団体協議会ではHPKIセカンド電子証明書による電子処方箋リモート署名サービスの有償化に関して、5月23日付で厚生労働大臣宛て要望書を厚生労働省医薬局長に提出しました。1.HPKIセカンド電子証明書による電子処方箋リモート署名サービス利用料有償化を見直すこと 2.HPKIセカンド電子証明書による電子処方箋リモート署名サービス提供者に対する公的補助を再開すること。上記の要望に対し、厚生労働省からは、「システム導入に対する補助金の支出は可能であるが、ランニングコストについては補助の対象外である。とはいえ、医薬局としては、医療機関の負担を少しでも軽減できるよう、今後も方策の検討を進めたい」との回答がありました。是非要望書が実現することを祈念します。
⑥医療重視者不足(人材確保)に関しては図2にまとめました。今後ますます生産年齢人口は減少し、各職種の雇用が困難になってくる現状では早急な対策が求められます。
【図2】

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4. おわりに
地域住民が必要とする病院とは、地域になくてはならない病院であると思います。いつでも診てもらうことができ、かつ治りが良く、親切であたたかい病院のことを言うのかもしれません。医療の質と経営の質、両者のDouble Winnerが条件となるでしょう。
目まぐるしく医療をめぐる諸問題が発生していますが、会員病院に資するよう取り組んでいくつもりです。会員病院と自治体病院協議会は一枚岩で、しっかり議論をして対応していければと思います。どうぞよろしくお願いします。
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